じめじめとした季節が近づいてくると、診察室の様子が少し変わってきます。

「なんか頭が重くて」「天気が崩れる前後にめまいがする」「低気圧のたびにつらい」——そういった訴えが増えてくるのです。以前は気のせいかなと流していた方も、最近はご自身で「気圧のせいだと思うんですが」と言葉にして来られることが多くなりました。それだけ、天候と体調の結びつきが広く知られてきたということかもしれません。

実際に近年、気象の変化が体調不良を引き起こす「気象病」という概念が医療の場でも注目されており、専門外来を設ける医療機関も増えてきています。気候変動の影響なのか、日本の天気そのものが不安定になってきているのか、その因果はまだ議論の余地があるところですが、患者さんの訴えが増えているのは肌感覚として確かなことと思います。


なぜ気圧で頭痛やめまいが起きるのか

少し整理してみましょう。

気圧が下がると、身体の外側を押す力が弱まります。するとその分、血管がわずかに広がりやすくなり、脳の血流に変化が生じます。また、自律神経のバランスも乱れやすくなるため、頭痛・めまい・だるさ・吐き気といった症状が重なって出ることがあります。

耳鼻科の領域でとくに関係が深いのが、「内耳」です。平衡感覚をつかさどる内耳は、内部にリンパ液が満たされていますが、このリンパ液の水分バランスが崩れるとめまいや耳鳴りが起きやすくなると考えられています。メニエール病がその代表ですが、気圧変化によって似たような状態が一時的に引き起こされることもあると思います。

つまり気象病のひとつの核心は、「体内の水分の偏り」にあると言えるでしょう。


五苓散とは何か

ここで登場するのが、五苓散(ごれいさん)という漢方薬です。

五苓散は、中国の古典医学書『傷寒論』に記載された、2000年近い歴史を持つ処方です。沢瀉(タクシャ)・茯苓(ブクリョウ)・猪苓(チョレイ)・白朮または蒼朮(ビャクジュツ/ソウジュツ)・桂皮(ケイヒ)という5種類の生薬で構成されており、「体の中の余分な水を流し、水分の偏りを整える」ことを得意とする薬です。

漢方の言葉では「利水剤」と呼ばれますが、単純な利尿薬とは異なり、余っているところから水を動かしつつ、足りないところには水分を保つという、ある種の双方向的な調整作用があると考えられています。現代医学的には、アクアポリンという細胞の水チャネルへの働きかけが関与しているという研究も出てきています。

気圧変化による頭痛に対しては、熊本大学などで動物実験レベルの基礎研究が行われており、また臨床レベルでも「気象変化に伴う頭痛に対する五苓散の有用性と安全性」という論文が学会誌に掲載されています。頭痛の頻度・程度・鎮痛薬の使用回数すべてにおいて有意な改善が認められたという報告で、気象病専門外来を持つ医師たちからも注目されています。

耳鼻咽喉科の領域では、メニエール病や前庭性片頭痛に対する五苓散の使用が報告されており、単独投与だけでなく呉茱萸湯(ごしゅゆとう)や苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)との組み合わせが有効だったという症例報告も出ています。私自身の診療でも、気圧変化のたびにめまいがひどくなる患者さんに試みて、「だいぶ楽になった」と言っていただけることがあります。


使いやすさという点について

五苓散の大きな特徴のひとつは、安全性の高さです。重篤な副作用の報告は少なく、漢方薬の中でも比較的あたりが柔らかいと言われています。妊娠中や授乳中の使用については主治医への相談が必要ですが、一般的には幅広い年齢層に使いやすい処方です。

ただし、正直に申し上げると、五苓散がすべての頭痛・めまいに効くかというと、そうではありません。「天気が悪いと頭が痛い=すべて五苓散で解決」という単純な図式は、臨床の現実とはやや異なります。五苓散が得意とするのは、体内の水分バランスの乱れが背景にある状態です。ほかの原因による頭痛やめまいには、別のアプローチが必要です。

あくまで「選択肢のひとつ」として理解していただけると、よいと思います。


飲み方のひとこと

気象病への使い方として、症状が出たときだけ飲む「頓服」的な方法と、一定期間毎日飲み続ける「定期投与」の両方が行われています。気象病専門医の報告では、まず定期投与で水分バランスを整え、その後必要なときだけ飲む形に移行するケースも多いようです。

飲み始めに尿量が増えることがありますが、これは水分が動いているサインであり、多くの場合しばらくすると落ち着いてきます。


梅雨と漢方の意外な相性

漢方の世界では、季節と体の変調を深く結びつけて考えます。梅雨は「湿邪(しつじゃ)」の季節と言われ、湿気が体の中にこもりやすく、水分代謝が乱れやすい時期とされています。その意味で五苓散が梅雨の季節に活躍するのは、ある種の必然とも言えるのかもしれません。

古い知恵と現代の研究が少しずつ重なり合ってきているのは、興味深いことだと思います。

天気が変わるたびに体調を崩す、そんな経験を繰り返している方には、一度かかりつけの医師に相談してみていただければと思います。五苓散が合う体質かどうか、試してみる価値はあるかもしれません。すべての人に効くとは言い切れませんが、「意外と楽になった」という方が、私の外来にも確かにいらっしゃいます。


本記事はあくまで一般的な情報提供を目的としており、個々の症状への医療的アドバイスを意図するものではありません。気になる症状がある場合は、必ず医療機関を受診されてください。

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